2021.10.30
廃墟に重ねあわせた孤独
こんにちは、坂本澄子です。
いよいよ秋も深まってきました。
11月には私にとって一年の締めくくりとなる、現代童画展が上野の東京都立美術館で開催されます。
それにあわせて、今週ご紹介する作品は同展示会への出品作『千年の孤独』を選びました。
この作品は100号(縦は私の身長と同じです)と大きいこともあるのですが、完成まで1年半、さまざまな紆余曲折がありました。
着手したのは昨年4月、愛犬ケンをなくしたばかりの頃です。
広島の両親も高齢で次第に弱っていき、そこへ追い打ちをかけるようなコロナ禍。
外出を控えて周囲とのつながりも希薄になっていた時、以前何かで読んだカンボジアの遺跡のことを思い出しました。
アンコールワットから1時間ほどの密林の中にひっそりと佇むベンメリア遺跡。
発見されたのは比較的最近で、800年もの歳月に建物は崩れ落ち、巨大なガジュマルの気根に飲み込まれてしまった場所もあります。
その孤独な姿は私の気持ちに寄り添ってくれるように感じました。
また、崩れ落ちた石垣には繊細な彫刻模様が遺され、当時の文明や美意識の高さが伝わってきて、これを絵にしたいと思ったのが始まりです。
構想段階では、旅の僧侶を登場させようと考えていました。
密林の中で廃墟を見つけ、栄枯盛衰を憐れに思う。慰められた死者の魂が、蝶の姿となって天に舞い上がるというストーリーです。
最終的には僧侶の代わりに、ずっとその姿を見守ってきた月とゆりの花の精に、その役をゆだねることにしました。
一番苦労したのは明暗の変化です。
全体的に暗い色調の夜景ですが、月の光に映し出された幻想的な風景を描きたくて、明るくしたり、暗くしたり、ぐるぐると同じところを回っていたところ、父が末期がんと診断され慌てて帰郷しました。
いつかは確実にやってくる死。いま生かされている命。
そんなことを考えながら、父の最期を看取りました。
東京に戻って、2か月ぶりに描きかけのまま置いていたこの絵を見ると、遺跡が立ちはだかっているような息苦しさを感じました。
そこで上半分を全面的に描きなおすことに。
遺跡は小さくなりましたが、空を思い切って明るくしたことで、シルエットが際立ち、水に映る影と相まって存在感を増すことができたのではないかと思います。
2か月の時はよい意味で醸成期間となってくれたようです。
次の課題は、花の精が人間の子どもに見えてしまうことでした。
人ではなく花の精らしく見てもらうためにはどうしたら…。
ここでもイギリスのFlower Fairies(花の精)の絵本(10/7「宝物の絵本から」ご参照ください)が参考になりました。
透き通る羽を描き加え、衣装もゆりの花をモチーフに装飾的なものに変えました。
こうしてようやく完成した作品をアトリエの壁に無造作に立てかけておいたところ、たまたまダウンライトがちょうどよい場所にあたり、まるで目の前に別の風景が広がっているように見えました。
光のマジックもありますが、元来大きな絵にはこのような魅力があります。
足元にやわらかな草の感触を感じながら、一歩踏み込むと、そこは空想世界への入り口。
あの廃墟の向こうには何が?と、想像を巡らせながら見ていただけると嬉しいです。