2021.10.16
天窓のある空間に
こんにちは、坂本澄子です。
つい先日まで10月とは思えぬ暑さだったのが、ようやく秋らしい気候になってきましたね。
秋は空気が澄んで、夜空を見上げると心も透明になっていく気がします。
オンライン展示会『月の贈り物』の展示作品11点の制作エピソードを、毎週1点ずつご紹介しています。
3回目の今日は『月明かりの夜』
飾る場所を指定して制作を依頼された初めての作品であり、また、173x150cmと今まで描いた最大の絵でもあります。
蓮の花や葉っぱは実物大に近く、
風に揺れる葉の動きを表現したくて、上野の不忍池に通って、スケッチを重ねました。
依頼主Kさまとの出会いは2017年、NHK Eテレの番組がきっかけでした。
『明日も晴れ!人生レシピ』で、会社員から転身し、バリ島の絵画を日本で紹介しながら自らも画家を志す、そんな私の二毛作人生が紹介され、放映後まもなく連絡をくださったのです。
バリ絵画の巨匠LABA氏の作品を購入してくださり、納品を兼ねて岐阜県にあるご自宅に伺うことになりました。
ちょうど今頃の秋の気持ちのよい日でした。
朝一番で大きな絵を積み込み、お会いするのを楽しみに車を走らせると、着いた先は富有柿の産地。 柿農園が続く中、ひときわ立派な古民家がKさまのご自宅でした。
焚き染めたお香に迎えられて足を踏み入れると、天窓から陽光が降り注ぐ静寂な空間。
漆喰壁と太い柱が100年を超える時の積み重ねを伝えていました。
Kさまはご自宅を改装されて以来10年間、この玄関ホールの吹き抜けに、天井まで続く大きな絵を飾りたいというご計画を温めておられました。
その第一段階として1階部分にその日納品したバリ絵画を、そして、その真上には天井まで届くさらに大きな絵を飾り、それらを対の作品として空間構成したいとお考えだったのです。
そのことを事前にお聞きしていたので、どうしても自分の目でその場所を見ておきたくて、その日ご自宅まで伺ったというわけです。
天窓を見上げていると、「夜になると月が見えて、ちょっと幻想的な空気に包まれるのですよ」とKさま。
私にはその光景が目に見えるように思えました。
「この場所に絵を描きたい」
心の底から湧き上がってきた思いは、気づくと言葉となっていました。
Kさまは穏やかに微笑んで、「それ、いいと思います。私は坂本さんの感性が好きで、数多のバリ絵画の中からこの絵に出会うことができたのだから」
こうして、2階部分の絵は私が描かせていただくことになりました。
東京に戻るとすぐに2種類のイメージ画を描いてお送りしました。
A案で行くことが決まった後は、自由に描かせていただきました。
「坂本さん自身がワクワクできる絵を思い切り描いてください」と言っていただけたのは、本当にありがたかったです。
自ら言い出したこととは言え、あまりの大役にガチガチになっていたのです。
130号のキャンバスは私のアトリエで描ける最大の大きさでした。
特に月の光の輪は最も苦労したところです。
描いては描き直してを何度も繰り返し、最後はこうしてキャンバスを寝かせて描きました。
半年後、完成した絵を木枠から取り外し、額装のために長野の額縁工房に送りました。
巨大な絵がなくなったアトリエは妙に広く感じられ、残った木枠を見ると、ぽっかりと心に穴が空いた感じ。
しかし、そんな気持ちもつかの間、立会いのため再び岐阜に伺ったときは、もう大ごとでした(笑)
ただでさえ巨大な絵は、額装され更にもう一回り大きくなっていました。
Kさまと古くからおつき合いのある工務店さんが駆けつけてくださり、見上げるような足場を組んで、4人がかりで持ち上げてくださったのです。
こうして、この絵は無事収まるべきところに収まり、2枚の絵が対となり、玄関ホールの吹き抜けを1階から天井まで飾っています。
Kさまにはその後もお墓の石に彫る蓮の原画を描かせていただいたり、ステンドグラスのデザインを依頼されたりと(詳しくは7月10日投稿)、初めてずくしにチャレンジさせていただいています。
Kさまは着付けのお仕事をされていて、ご自宅をスタジオとして、成人式、七五三など様々な記念の撮影もコーディネイトされています。
そこにアートを取り入れる美的感覚はさすが。 Kさまが次々と思いつかれるアイデアをご一緒に形にしながら、いつもワクワクのおすそ分けに預かっている感じです。
着物のある暮らしを綴った「ルーチェの着物ごよみ」は、そんな一端を垣間見せてくれます。
素晴らしい出会いに感謝です。
追伸:最初のバリ絵画を購入いただいた時には、運命の糸に手繰り寄せられるような物語がありました。 当時のブログもお読みいただければ幸いです。